私の気やすめ健康法&今どきの中高年

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朝日新聞2004年10月4日付け「みみずくの夜メール」からの引用です。五木寛之氏の本は八木歯科の待合室にもそろえています。自分の体は自分で管理するという強い意思を持った方でなおかつ小説家ですから健康に関心のある方は是非五木氏の本を読んでみてください。

「私の気やすめ健康法」

きのうの朝、目をさましたら喉が変だった。唾をのみこむと違和感がある。痛いわけではないが、いがらっぽい感じだ。
なんとなく頭が重い。体もだるい。大したことはないが、熱もありそうだ。
そうか、そろそろ来たか、と納得するところがあった。この数日、ちょっと無理をしすぎていた。この年になって徹夜が幾晩か続くと、やはりてきめんにこたえる。生活力が落ちて、体のバランスが崩れたにちがいない。
生活力というのは、ふつう一般にいう「生活能力」のことではない。「生」の「活力」のことだ。生・活力とでもいうべきか。
この生・活力が落ちると、いろんな不都合が体の各部に生じてくる。たとえば免疫力が低下したり、抵抗力がなくなったり、というようなことだ。
ちょっとしたことで体の各部に異変がおきるのもそのせいだろう。

大切なバランス

たとえばモノモライができる。それを単に目の故障だと考えるのは、まちがっていると思う。汚い手で目をこすったり、細菌が入ったりしても、生・活力がちゃんと働いていれば大丈夫だ。クーラーに当たりすぎて風邪をひくのも、悪いものを食べて下痢をするのも、ひっきょう生・活力が落ちて体のバランスが崩れているからでは あるまいか。そういう考えかたに立つと、頭痛がおきたからといってじかに頭痛に対処する意味がない、と思われてくる。目になにかできたからといって、すぐに目の治療にかかるのも考えものだ。喉が痛いからといって、喉だけを治そうとするのもおかしい。そういうわけで、喉の痛み、発熱、頭痛、体のだるさをワンセットにして、 生・活力が低下しているな、と判断した。
とりあえず眠る。ベッドに横になって、体をやすめる。食事をとらずに、常温の水を飲む。いちばん大事なのは、新聞や雑誌の編集部に連絡して、原稿の締め切りをのばしてもらうことだ。
アルコールを飲まず、風呂に入らず、活字を読まない。ただごろんと横たわって、静かに息をしている。

五つの「やすめ」

明日は広島へいくことになっている。デパートのそごうで「百寺巡礼展」というのが催されており、そこでちょっとした話をしなければならない。その翌日の三日は「龍谷大学 in HIROSIMA」という催しに参加することになっている。
あすまでには、なんとしてでも動けるようになっていなくてはならないのだ。
一日中ずっと息をひそめて死んだふりをしていたら、少しずつ体調が回復してくるような実感があった。ここからが正念場である。体の不調はなりたてよりも、回復していく後半が肝要なのである。ただひたすら呼吸を静めて、死んだようにじっとしている。 私がそこで実践していることの第一は「気やすめ」である。気やすめ、というと、その場かぎりの適当な安心のことだが、私は文字どおり「気」を休めることと解釈する。締め切りをのばすのも、呼吸を深くするのも、苛立った気の流れを整え、心身のバランスをとりもどすためだ。それが「気やすめ」だ。
つぎに「箸やすめ」。これは説明不要だろう。ものを食べるのを一時やすむ。
さらに「骨やすめ」も大事である。仕事の合間に休憩することではなく、日々、過大な負荷に耐え、重力に抗して体を支えている骨を横にして休める。
そして最後が「目やすめ」。これは活字と映像を見ないこと。さらに「口やすめ」は喋らないこと。この五つの「やすめ」で、なんとか今度も立ち直れそうな気配だ。やれやれ。

「今時の中高年」

実際より私は若い!
「自分で実感している年齢」は、本当の年齢よりも平均で7.2歳若いという調査結果を博報堂生活総合研究所がまとめた。10~20代では実感年齢の法が実年齢より2.5歳高いものの、その後逆転し、年齢が増すにつれて差が広がる傾向にあり、30~40代で7.6歳、50歳以上では11.1歳実感年齢の方が若かった。
首都圏に住む18~76歳の男女約400人を対象に調査した。
本当の年齢と実感年齢が「ずれている」と答えた人は全体の74%で「同じ」と答えた24.4%を大きく上回った。
女性では7.9歳、男性で6.4歳、実感年齢の方が若かった。
「自分はまだ若い」と感じている人は男性で65%、女性で73%いた。
相手の年齢をぴったり言い当てたら、ほとんどの場合で不快に思われることになるそうです。